lain視聴所感、有機パッケージとしての私

視聴所感

見終わったので感想など。1話の画面はNeXTSTEPで合ってるみたいね。PDAもそそるデザインだしLisp使ってるのも良い。あと有線の没入式コミュニケーション空間とか偏在する存在とか、先見性がすごい。シューマン共鳴とか第7世代プロトコルとかもそれらしい話になっていて好き。
2019/7/16 2:06

オンラインでの人格と物理的な自我の解離、何をもって自分は自分であり得るか、ネットワークの中に神はいるのか、などの話が好きな人は楽しめると思う。地球そのものがニューラルネットワークと化しているとか、人の中に刻まれた情報はその個体が意識を得て受けたものだけではない、とかの言い方も好き
2019/7/16 2:29

有機的パッケージとして世にインストールされる個人

あと私は今のワールドにテンポラリにインストールされた存在なんだなあということを改めて思った。たぶん家庭や学校で、ハードとソフトをパッケージ化された単位として製造されて、社会のどこかにインストールされて生きている。製造場所や日時は自分の意志で決めたわけではない。
2019/7/16 2:34

社会への一斉インストールと個人環境のアップグレード

社会の側から見ても、私はたぶん定期的にクリーンインストールされてくる新入生や新入社員の一部だったのだろう。同時に私から見ても入学や入社や配転は、環境の新規か更新インストールのようなものであるわけだ。その経路の選択には、個人の意思や場による選別の意思の一部が反映されているとは思う。
2019/7/16 2:40

見えない制約と局所性

ただグローバルに見れば、生誕地点や時期はそれなりに大きな制約だけれど個人の視点からは普段はあまり見えなくて、地球の表面に生まれたノードがローカルにネットワークに参加して、いずれ離脱するように見えるのだろうなあと思った。自由意志だと思っていたものの選択の幅は案外狭いのかもしれない。
2019/7/16 2:45

選択の連続と、ネットワークに定義される個性

それでも多数の選択の連続の繋がりが、個別に動きを辿れば線となって意味のあるストーリーを持ち始めるのだと思う。個人のレベルでも集団のレベルでも。それは、個人だけで定義できるものではなくて、外部的な何かによって繋がれていくものであって、ネットワークとの関係で意味を持つものなのだろう。
2019/7/16 2:51

自己認識と他者の中の私

作中にも言われていたように、私が自分自身を認識している限り私の自我は私の中にある。ただそれと並列に、他者の認識の中にも私はたぶん居て、どちらかが欠けても私は私でいられなくなるのだろう。同様に、私の中の他者の像を成立させ得るものも、その誰か自身の特性と、私の積極的な関心なのだろう。
2019/7/16 2:56

記憶の由来と育てかた

あと記憶の一部は自分で再編集できるけれど、普通は個人が持ち得る情報の大部分は外部からインストールされるものであるのだろう。だから、意味のある記憶を重ねたいならば、自分の積極性の許す範囲で、情報のインプットと交流はした方が良いのだろうと思った。今は全然できてないけどやっていきたい。
2019/7/16 3:06